シルベスター・スタローン主演のシリーズ第5作にして完結編となる「Rambo:LastBlood(原題)」が、9月20日に全米公開されることが明らかになった。 1992年、アメリカ、ロサンゼルス生まれ。ロバート・ロドリゲスも監督に名を連ねるTVシリーズ「Matador(原題)」(14)、「フェイキング・イット ~噂のカップル!?~」(14~16)、「フォスター家の事情」(15~17)、『ローライダー ~絆をつなぐ改造車~』(16)などに出演。今後の活躍が期待される新進女優で、DCコミックスの人気女性ヒーロー、スターガールを主人公とする話題のTVシリーズ「Stargirl(原題)」(20)にも出演する。 1975年、スペイン生まれ。ヘレン・ミレン主演の『ラブ・ランチ 欲望のナイトクラブ』(10)でハリウッドに進出し、続けて大ヒット作『バイオハザードIV アフターライフ』(10)に出演し、その名を広く知られる。現在、ジョン・シングルトン企画・製作総指揮のTVシリーズ「スノーフォール」(17~)に出演中。主な出演作は、モニカ・ベルッチ共演の『スパイ・バウンド』(04)、『朝食、昼食、そして夕食』(10)、『サンダー・ソード 聖杯と暗黒魔王の騎士団』(11・未)、TVシリーズ「イサベル ~波乱のスペイン女王~」(12~14)、「海のカテドラル」(18)、アネット・べニング、オスカー・アイザック、アントニオ・バンデラス共演の『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』(18)など。 原点回帰にして最終章、遂にシリーズ完結。「ランボー ラスト・ブラッド」の上映スケジュール・上映館・あらすじ・感想レビュー・みどころ・スタッフ・キャスト・予告篇を紹介します。ランボー ラスト・ブラッドの上映時間までに映画館に間に合う乗換案内も提供。 「ランボー ラスト・ブラッド」の公開日. 「ランボー(原題:First Blood)」が初めてリリースされたのは、今から38年前の1982年。肉体派俳優・スタローンが、たった一人で多数の敵を相手に、グリーンベレー仕込みのゲリラ戦術を駆使してバッタバッタと無双をきめるこのシリーズは、長年にわたってアクション映画ファンの間で人気を博してきました。初作以降は3本の続編が作られ、4作目「ランボー/最後の戦場」(2008)から12年。ついにランボー・シリーズの最終章、「ランボー ラスト・ブラッド」が2019年9月に全米公開され、日本でも間もなくの公開が決定しています。今回こそ間違いなくランボーの最後の戦いと言われるこの作品の、現在わかっているあらすじや見どころ、キャスト情報についてお届けします。また最初の作品内容や、原作となった小説についても紹介します。全米では2019年9月20日に公開された本作は、日本での公開は現在のところ ――最後の戦いまであと1️⃣か月――今、愛のために戦いの集大成を見せる時が来た―!伝説のシリーズ総決算— 映画『ランボー ラスト・ブラッド』公式 (@RamboMovie_jp) ベトナム戦争の退役軍人ジョン・ランボーは、亡き父から譲り受けたアリゾナ州・ボウイにある牧場で、旧友マリア・ベルトランと、その孫娘ガブリエラと共に暮らしていました。ある日、ガブリエラはランボーに、友人のギゼルがメキシコでガブリエラの実の父であるマヌエルを見つけたことを告げます。そして、父に会い、何故自分と母を捨てたのか問いたいと言うガブリエラ。彼女はマリアやランボーが止めるのも聞かず、メキシコへ向かいます。メキシコで父・マヌエルに会うことができたガブリエラ。しかし、そこに待っていたのは彼女が期待した事実ではありませんでした。傷心のガブリエラは、ギゼルに近くのクラブに連れて行かれますが、そこでメキシコのマフィアに誘拐されてしまいます。ガブリエラの失踪を知ったマリアはランボーにそれを伝え、ランボーはガブリエラを探すためにメキシコに向かうのでした。第一作では州兵、第二作ではベトナム軍、第三作ではソ連軍、第四作ではミャンマー軍と死闘を繰り広げてきたランボー。今回戦う相手は、初めての民間組織(?)、メキシコの闇カルテルです。第一作リリース時は36歳だったスタローンも、今作の撮影時点では73歳。もう、いいかげんにランボーに平和な時間を与えてあげて!という気さえしてきますが、意図せずして戦いに巻き込まれるのはランボーの宿命なのでしょうか。既に公開された北米では、極悪非道な闇カルテルの悪人たち相手とはいえ、鬼神のようなランボーの繰り出す残虐な殺人技の数々に、正直引いた人々もいたようです。評論家の間でも賛否両論が巻き起こり日本で言うと古希を過ぎた老人が、血まみれになりながら悪の組織相手に単独で死闘を繰り広げるという、客観的に見ると異様な設定ではあります。しかし、それを行う主人公が他でもない「ジョン・ランボー」ですから!これまでの40年弱に渡る彼の戦いの歴史が、そんな不条理をボウガンでピッと打ち砕いてくれます。ちなみに、いくつかの映画賞にノミネートされた本作ですが、映画賞で最も不名誉なものと言われる「ゴールデン・ラズベリー賞」で「 23歳の頃から俳優の道を目指し始めたスタローンは、構音障害の影響もあり最初は全く売れず、オーディションも惨敗続きでした。しかし、29歳の時に観たモハメド・アリ対チャック・ウェプナーのヘビー級ボクシングマッチに感銘を受け、彼はあの「ロッキー」の脚本を書き上げるのです。ロッキーの台本を映画会社に持ち込んだスタローンは、自分が主演を務めることを条件に交渉をし、映画「ロッキー」(1976)が製作されました。当初は無名の俳優が主演のB級映画扱いだったこの作品は徐々に人々の間で話題となり、同年のアカデミー賞作品賞・監督賞・編集賞に輝いています。ロッキーのヒットによってスターダムに上がったスタローンは、その後監督業にも進出しましたが鳴かず飛ばずの状態が続きます。しかし1982年の「ランボー(First Blood)」がヒットし、肉体派俳優として再びブレイクしていきました。「戦士は安息を得られないんだよ…絶対に。彼の精神は、戦争という恐ろしい世界によって作り替えられてしまったのさ。(中略)今回彼が暴力に訴えるのは、単に暴れたいからではない。彼は、このラテン系の少女の養父になった。彼女は、彼に残った最後の心の拠り所だ。何故なら彼が触れてきたものは全て死んでしまったからね。そしてもしそんな彼女が危険な目に遭うことがあったら、どうなるか…観客は、わかるよね。彼に何ができるかをさ。」引用:今回ランボーが、観客が引くほどの残虐さで、悪人たちをめった斬りにしていく理由がわかる気がします。これまで数々の戦いの間に、大事なものを失ってきたランボー。そんな彼が老いた末に得た、束の間の幸せと心の支え。それが奪われたなら…!今作では昨今のSF映画のようなCGに頼らず、シンプルに、男と男の戦いを描きたかったと語るスタローン。是非、彼の生きざまを見せていただきましょう。 その後、「スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと(原題:Spanglish)」(2004)や、ペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥー・ハー(原題:Talk to Her)」(2002)および「アイム・ソー・エキサイテッド!(原題:Los amantes pasajeros)」(2013)など、数々のスペイン映画やテレビドラマに出演しています。今作では、妹をさらった闇カルテルの元締めを追い、ランボーに協力するジャーナリスト、カルメンを演じているベガ。彼女が子供の頃から大ファンだったというスタローンとの共演や、カルメンという役柄について、「ずっと憧れていたシルベスターと一緒に仕事ができること、そしてこの映画のストーリーに魅力を感じました。メキシコとアメリカの国境で頻繁に起きている、女性の人身売買の問題に焦点を当てているところに興味を持ったのです。カルメンは、妹をカルテルに奪われたジャーナリストです。強く、勇敢で、妹を殺した者たちが捕えられるのを見るまで、諦めずに格闘する女性です。彼女とランボーは同じ痛みを分かち合い、悪人たちと戦います。強い絆で結ばれていますね。」引用:グランバーグ監督から出演のオファーを受けた時は、憧れのスターとの共演という夢が叶ったことで天にも昇るような心地だったというベガ。映画の中でランボーを見つめる熱い眼差しに注目しましょう。 2006年に公開された、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画「バベル」でメキシコ人の家政婦アメリアを演じて高い評価を受け、第79回アカデミー賞の助演女優賞候補にノミネートされています。今作では、ランボーの旧友であり、ランボーの養女であるガブリエラの祖母のマリアを演じています。出演にあたり、彼女はランボー・シリーズの第1作と第4作目を鑑賞し、ランボーがどのような人生を経て、どんな悲しみを乗り越えてきたのかを知ろうとしたと、そして、スタローンの演じるランボーと、ガブリエラの3人での”家族”を演じるにあたっては、次のように話しています。「私は、最初から彼らと縁のようなものを感じました。シルベスターとも、イヴェットとも。何故だかわかりませんが、こんな風に心地良く感じるのは、これまでのキャリアの中でもなかなかないことでした。マリアは映画の中で、美しい台詞を言いますね、『戦争は終わったの、ただあなたの頭の中でだけ続いているのよ』と。この台詞を読んだ時、私は彼に同情しました。彼の魂の中にある痛みを思ってね。人と人との繋がりを現す、素敵なシーンだと思いました。」引用:傷ついたランボーが最後に得た”家族”。そして母のように、姉のように彼を見守るマリア。前作から12年、きっと彼の心の癒しであったことでしょう。 人身売買組織に誘拐されるガブリエラを演じたモンリールは、今実際にメキシコなどで起きている人身売買に巻き込まれた女性たちの実態についてリサーチし、彼女らがどのようにして洗脳され「逃げられない」と思うようになるのかというプロセスについて詳しく知り、恐ろしくなったと言います。ちなみに、1992年生まれのモンリールは、出演の話が来た時、シルベスター・スタローンがランボーだったということを知らず(!)、家族に台本を見せて「おい、スタローンじゃないか、ロッキーの人だよ!何で知らないんだ!」と驚かれて初めて知ったと現場では緊張することも多かったようですが、スタローンやバラッザなどベテラン俳優たちに励まされ、頑張ることができたと語るモンリール。映画の中では、彼女が7歳の時に実母が死に、さらに10歳で父に捨てられたところを、ランボーが引きとったという設定になっています。彼女にとっては、実の父のような存在であるランボーと、どのような親子関係を描き出しているのか注目です。 長い間、助監督として多くのスターと共に仕事をしてきたグルンバーグの、監督としてのデビューは2012年のメル・ギブソン主演「キック・オーバー(原題:Get the Gringo))」で、今作は2作目になります。今作ではランボーの抱えるPTSDを扱うこと、そして暴力的なシーンへの批判について、監督は「PTSDに関しては、この作品でより大きく取り上げたものですね。というのは、近年になってそれはよく人々の間で話題になっているものだからです。そしてランボーは、それを患う象徴的な人物であり、また彼自身がそれから目をそらすことがありません。そのことは、彼により人間味を与えています。暴力的なシーンについては批判もありますが、考慮を重ねた末のものです。ランボーは、死に値しない人間は殺さないのですよ。」引用:また、別のインタビューではランボーというキャラクターについて、こう語っています。「このキャラクターの素晴らしいところは、ジェームズ・ボンドのように様々な異なる俳優が演じる人物と違って、我々は過去30数年に渡って進化してきた一人の人物を見るわけですよね。ですから我々は、ランボーの魂はひとつで、変わらぬものでありつつも、我々の描くランボーが、これまでの彼とどう異なるのかというところを見せていく必要があるのです。」引用:監督の言葉の端々に、ランボーというキャラクターへの畏敬の念が感じられます。傷ついた自分の弱さを自覚しつつも、愛する者のためには命を投げ出して戦うランボー。暴力的なシーンばかりが注目されがちな今作ですが、製作者側はランボーの人間味のある部分ももっと見て欲しいと、そう感じているのかも知れません。 1972年に発表されたこの小説は、当時教員だったマレルが、ベトナム戦争(1955-1975)に従軍した生徒から聞いた戦地での経験を元に、ベトナム帰還兵ジョン・ランボーを主人公にして書かれたものです。物語のテーマは、「ベトナム戦争によってアメリカが負った傷」であり、当時のアメリカにとっては非常にタイムリーな内容でした。以下は、小説のあらすじの一部です。ケンタッキー州マディソンで、ヒッチハイクをしていたベトナム帰還兵、ジョン・ランボー。ところが、彼を見つけた警察署長ウィルフレッド・ティーズルは、ランボーを怪しい奴だと思い、パトカーで街外れまで連行します。しかしランボーは再び街に戻り、公務執行妨害の罪で逮捕されてしまいます。留置場に送られたランボーは、警官に無理やり髭を剃られそうになり、捕虜になっていた時の記憶がフラッシュバックして激しく抵抗します。その結果一人の警官を殺害してしまったランボーは、警察から逃走し、近くの山へ隠れました。警官たちは激怒し、地元住民らと共に大規模な山狩りを行います。しかし、ランボーの反撃により多くの警官と民間人が殺害され、さらに増援として派遣された州兵にも被害が出てしまいます。負傷して治療を受けていたティーズルの元へ、国防総省の命令で一人の陸軍将校が派遣されてきます。サム・トラウトマン大佐と名乗るその将校は、グリーンベレーでランボーに訓練を授けた人物でした。ランボーの強さを示し、ティーズルに彼から手を引くよう警告を与えるトラウトマン。しかし、ティーズルはトラウトマンや部下の制止を聞き入れようとせず、ランボーを追い続けることを選ぶのでした。映画「ランボー」は、小説に比較的忠実に作られていますが、ラストシーンだけは原作と異なります。原作ではランボーはトラウトマン大佐によって射殺されますが、映画版では最終的に州兵に包囲されたランボーは、「戦いは終わったんだ」と降伏を促すトラウトマン大佐に向かってと叫びます。そして、戦争終結から7年を経ても、いまだに癒されない心の傷について泣きながらランボーは語ります。国の命令を受けて必死に戦い、敗れ、帰国したら空港の反戦デモ隊に殺人者だと罵られたこと。戦場ではヘリや100万ドルの武器を扱った軍人が、帰国したら駐車場の警備員の仕事すら就けないこと。戦場にいた戦友たちはもういないこと。爆発に巻き込まれ、バラバラになった親友の手足を必死で探したこと。嗚咽を漏らしながら、彼の中の悲哀と孤独を一気に語るランボーの姿に、映画を観た当時の帰還兵たちは何を思ったことでしょう。アメリカで60年代を中心に高まった反戦運動、帰還兵への偏見と差別、そして戦いが終わった後も兵士を苦しめるPTSD。山で一人孤独に戦うランボーの姿には、そうしたベトナム戦争にまつわる社会問題が投影されていたのでした。しかし公開当時も、アメリカではまだ反戦運動の機運が強く、帰還兵への反発も強かったことから、映画の興行収入は大ヒットと呼べるレベルには達しなかったそうです。この映画が、兵士のPTSDといったものに40年前よりは理解が進んだ現代に発表されていれば、観客の見方はまた違ったものになっていたかも知れません。既にこの映画を観た、もしくはこれから観る予定のランボー・ファンたちが、その感想や期待感をツイッターで呟いています。the final 30 minutes of Rambo: Last Blood is like home alone but with murder…if that’s the sort of thing you’re in to.